インターネット上の考察やオカルト系メディアで頻繁に語られるのが、『最後の晩餐』にまつわる都市伝説です。しかし、修復記録や美術史の客観的検証によって、その多くは誤解であることが証明されています。
①「誰の手かわからない浮いたナイフ」の真実
ペテロとユダの背後に描かれた「ナイフを握る手」について、「腕のつながりが不自然であり、13人以外の見えない人物の手ではないか」という噂が広まった時期がありました。
しかし、1977年から1999年にかけて実施された20世紀最大の本格修復作業(ピニン・ブランビッラ・バルチロン女史による修復プロジェクト)によって、この手は「ペテロの右手」であることが解剖学的にも完全に確認されました。ペテロは激昂して身を乗り出した際、手首を不自然に内側へ折り返してナイフを背後に引いています。これは後にゲッセマネの園でイエスを守るために兵士の耳を切り落とすペテロの気性の荒さを予兆させるダ・ヴィンチの演出です。
②「ヨハネは実はマグダラのマリア」という俗説の誤謬
小説や映画の影響で「イエスの左隣にいる女性的な人物はマグダラのマリアである」という説が一世を風靡しました。しかし、15世紀のフィレンツェ絵画において、「最年少の使徒ヨハネを髭のない中性的な美青年として描く」ことは確立された美術的慣習(図像学的プロトコル)でした。同時代の他の画家たちによる『最後の晩餐』でも、ヨハネは一様に同様の筆致で描かれており、ダ・ヴィンチ独自の秘密コードではありません。