「夜は短し恋せよ乙女」という言葉の正体を紐解くには、二つの歴史的・文学的ピースを照らし合わせる必要があります。結論から言えば、このフレーズは森見登美彦の小説『夜は短し歩けよ乙女』と、1915年の歌謡曲『ゴンドラの唄』の冒頭「命短し恋せよ乙女」が無意識に合成されたものです。
吉井勇作詞・中山晋平作曲による『ゴンドラの唄』は、黒澤明監督の名作映画『生きる』(1952年)で主人公の志村喬が歌ったことでも知られ、日本人の文化的記憶に深く刻み込まれています。一方、森見登美彦氏はこの普遍的なフレーズへのリスペクトとパロディ的精神を込め、タイトルを「命」から「夜」へ、「恋せよ」から「歩けよ」へと見事にツイストさせました。
人間は類似したリズムを持つ言葉を脳内で自動補正してしまう傾向があります。「短し」「乙女」という特徴的な古風の文語表現が共通しているため、頭の中で記憶が結びつき、結果として「夜は短し恋せよ乙女」という実在しないハイブリッドタイトルで検索してしまう人が後を絶たないのです。