恒岡章というドラマーの存在が日本のロック界においてどれほど革新的であったかは、ジャンルを越境した数々の著名ミュージシャンからの圧倒的な評価が雄弁に物語っています。1990年代初頭に結成されたHi-STANDARDにおいて、恒岡さんが持ち込んだプレイスタイルは、それまでの「速くて荒々しい」パンクロックのドラム像を根本から覆すものでした。
ジャズやラテン、ファンク、ソウルミュージックへの深い造詣に裏打ちされたそのドラミングは、驚異的な高速BPMの中でも決してタイトさを失わず、跳ねるようなスイング感を宿していました。難波さんのドライブするベースライン、横山さんの攻撃的なギターリフを完璧に接着し、メロディックパンクに極上のポップネスとダンサブルな躍動感をもたらしたのは、恒岡さんの比類なきドラムワークに他なりません。
その実力はハイスタの枠に留まらず、2000年代以降はくるり、チャットモンチー、木村カエラ、荒井岳史(the band apart)など、多種多様なトップアーティストのレコーディングやツアーサポートとして引く手あまたの存在となりました。ジャンルに縛られず、歌い手の息遣いに寄り添うドラミングは、スタジオミュージシャンやドラム専門誌からも「日本で最も音楽的なドラマーの1人」と絶賛されていました。
訃報に際しては、ロック界の重鎮であるX JAPANのYOSHIKIさんが「残されたメンバーの気持ちを考えると、辛い」と深い追悼の意を表明したほか、世代やシーンの垣根を越えて無数のドラマーが追悼のビートを捧げました。彼が遺したドラムトラックは、現在も若い世代のドラマーたちにとって到達すべきマスターピースとして研究され続けています。