天動説は決して無知や蒙昧の産物ではありませんでした。古代ギリシャの天文学者クラウディオス・プトレマイオスが西暦2世紀頃に著書『アルマゲスト』で完成させた天動説モデルは、当時の観測技術において天体の運行を驚くべき精度で予測できる高度な数学体系だったのです。
惑星が夜空で時折逆方向に動くように見える「逆行現象」を説明するため、プトレマイオスは「周転円(エピサイクル)」と「エカント(離心点)」と呼ばれる精緻な幾何学モデルを導入しました。これにより、日食や月食、惑星の位置を実用上問題ないレベルで計算可能となり、航海や暦の作成に欠かせない実用理論として機能し続けました。
さらに中世ヨーロッパにおいて、カトリック教会が天動説を強固に支持した背景には、明確な教理的理由が存在します。トマス・アクィナスらに代表されるスコラ学派が、古代ギリシャの哲学者アリストテレスの自然哲学をキリスト教神学と統合させたことが決定打となりました。
『旧約聖書』の「ヨシュア記」第10章には、神の力によって太陽が空に静止したという記述(「日よ、ギブオンの上にとどまれ」)があり、聖書の字義通りの解釈を守るためには「動いているのは太陽である」という前提が不可欠だったのです。天動説は、観測に基づく天文学、アリストテレスの物理学、そして教会の神学的権威が三位一体となって結合した、崩しようのない鉄壁の要塞でした。