警察庁が中核派を現在に至るまで「極左過激派」として指定し、厳重な監視下に置いている背景には、多数の死傷者を出した数々の暴力事件と非合法テロ活動の歴史があります。
成田闘争(三里塚闘争)における過激なゲリラ戦
1960年代後半から始まった新東京国際空港(現・成田国際空港)建設反対運動において、中核派は地元農民の反対派の一部と結びつき、強固な拠点を構築しました。1971年の行政代執行阻止闘争では警察部隊と激突し、警察官3名が殉職する事態に発展。
さらに1978年には開港直前の管制塔へ乱入して機器を破壊する「成田空港管制塔占拠事件」を起こし、開港を延期に追い込みました。1980年代以降も、独自の秘密非合法軍事組織である「革命軍」を使い、空港関係者宅への放火や迫撃弾・ロケット弾の発射など、多数のゲリラテロを実行しました。
渋谷暴動事件と大坂正明被告の半世紀にわたる逃亡
1971年11月14日、沖縄返還協定の批准阻止を名目に東京都渋谷区で発生した「渋谷暴動事件」は、中核派の凶悪性を象徴する重大事件です。デモ隊が警察官を取り囲み、鉄パイプで乱打した上に火炎瓶を投擲し、当時21歳の中村恒雄巡査(殉職後警部補)を焼殺しました。
この事件で殺人罪などに問われ、指名手配を受けながら約46年間にわたって逃走を続けていた大坂正明被告は、2017年5月に広島市内のアジトで大阪府警・警視庁に逮捕されました。東京地裁は2026年12月、大坂被告に対して懲役20年の実刑判決を言い渡しました。半世紀近く組織的に逃亡資金を工面し、潜伏アジトを提供し続けていた事実からも、中核派の強固な地下ネットワーク構造が浮き彫りとなっています。