インターネットの検索窓に疾患名を入力すると、サジェストに「余命」という不穏な単語が並びます。しかし、臨床現場の医師や患者会が口を揃えて指摘するのは、「脊髄小脳変性症=短命」という認識の致命的な誤りです。
1980年代に発刊され、2000年代にドラマ化された『1リットルの涙』の著者・木藤亜也さんが闘病した時代、病理診断や対症療法、呼吸・栄養管理の技術は現在とは比較にならないほど未成熟でした。彼女が遺した手記には、次々と身体の自由を奪われていく過酷な現実と、それでも生き抜く魂の叫びが克明に綴られ、今も多くの人々の心を打ちます。しかし、彼女の発症した病型(重度の進行を示すタイプ)の印象が強烈すぎるあまり、「誰もが同じように若くして過酷な経過をたどる」という強固な固定観念が世間に定着してしまいました。
実際の医学統計が示す真実は異なります。前述の通り、SCA6や孤発性皮質小脳萎縮症(LCCA)などの純粋小脳型では、生命そのものへの影響は極めて小さく、一般的な平均余命と大差ありません。一方で多系統萎縮症(MSA)のように、呼吸障害や重篤な自律神経障害を併発する病型では、発症から約7〜10年程度で生命に関わる合併症が生じやすいという厳然たるデータが存在します。
しかし、現代の医療体制において直接の死因となるのは脳の変性そのものではなく、「誤嚥性肺炎」や「転倒骨折に伴う廃用症候群」です。定期的な嚥下機能検査、胃ろうをはじめとする適切な栄養経路の確保、リハビリによる身体機能の維持が徹底された結果、2020年代以降における患者の生存期間は飛躍的に延伸しています。
近年では、作家や文化人、公表に至った著名人がSNSやブログ、YouTube等を通じて日々の暮らしやリハビリの様子を発信するケースが増えています。当事者コミュニティに目を向けると、「確定診断を受けた直後は絶望で目の前が真っ暗になったが、適切な補助具や電動車椅子、訪問看護を取り入れたことで、発症後10年が経過した今も執筆活動や仕事を続けている」という声が多数を占めます。ネット上の極端な言説に惑わされず、自らの病型の正確な特徴を把握することが不可欠です。