球速80キロの魔球!シェイク小宮山はなぜ打てない?握りと誕生秘話を徹底解説

球速80キロの魔球!シェイク小宮山はなぜ打てない?握りと誕生秘話を徹底解説

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小宮山悟という投手は、針の穴を通す制球力と多彩な変化球を駆使して打者を打ち取る、典型的な技巧派右腕だった。1989年のドラフト会議で野茂英雄の外れ1位としてロッテに入団して以来、エースとして低迷期のチームを支え続けた。その後、横浜ベイスターズ、米大リーグのニューヨーク・メッツを経て、2004年に古巣・千葉ロッテマリーンズへ復帰を果たす。このとき、小宮山はすでに30代後半のベテランの域に達していた。

復帰当時の球界は、150km/h超の剛速球を誇る投手が次々と台頭していた時代である。自らの肉体の変化と球威の衰えを誰よりも冷徹に認識していた小宮山は、生き残りを賭けて新たな投球術の模索を始めた。そこで着目したのが「打者のタイミングを極限まで狂わせる超遅球」というアプローチだった。

報道各社の取材や当時のインタビューにおいて、小宮山は「打者が待っていないボールを、いかに打者の手元で動かすか」を突き詰めた結果としてこの球が生まれたと回顧している。2005年、第2次政権を執っていたボビー・バレンタイン監督の前でこのボールを披露した際、指揮官は目を見張り、「誰もあの球は打てないだろう。スネーク(蛇)のようにシェイクする。左右だけでなく、前後にも動くようだ」と絶賛したという。指揮官の強力な後押しを受け、小宮山悟の「シェイクボール」は公式戦のマウンドという晴れ舞台へと解き放たれることになった。

鈴木 陽菜
著者

鈴木 陽菜

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