1997年の夏、ダイアナ元妃はエジプトの大富豪モハメド・アルファイドの長男であり、映画プロデューサーのドディ・アルファイドと交際を深めていました。地中海でのバカンスを楽しんだ後、ふたりは8月30日にパリを訪れます。
滞在先のホテル・リッツ・パリ周辺には、世界中から集まった大量のパパラッチが殺到していました。追跡を撒くため、8月31日午前0時20分頃、ふたりはホテルの裏口からメルセデス・ベンツ(W140 S280)に乗り込み出発。しかし、追走するパパラッチのバイクや車から逃れるため、車はセーヌ川沿いの幹線道路を猛スピードで疾走し、午前0時23分頃、アルマ橋トンネルの13番目の支柱に時速100キロを超える速度で激突しました。
ドディ・アルファイドと運転手のアンリ・ポールは即死。助手席にいたボディガードのトレバー・リース=ジョーンズのみがエアバッグとシートベルトによって一命を取り留めました。後部座席で大破した車内に閉じ込められたダイアナ元妃に対し、偶然現場を通りかかった医師フレデリック・マイエや、救助に当たった消防隊長のグザヴィエ・グルムロンが応急処置を行いました。
グルムロン消防隊長の証言によると、ダイアナ元妃は意識が薄れる中で「神様、一体何が起きたの?(My God, what's happened?)」と小さく呟いたのが最後の言葉だったと伝えられています。救急隊によって車外へ救出され、パリ市内のピティエ・サルペトリエール病院へ緊急搬送されたものの、胸部への激しい衝撃による左肺静脈の断裂と大量の内出血が原因となり、午前4時、36歳の若さで死亡が確認されました。