病院へと担ぎ込まれた志尊淳は、そのまま集中治療室(ICU)へと収容されました。無機質な電子モニターのアラーム音が絶え間なく鳴り響く空間で、胸部の圧迫痛と戦いながら、絶対安静の状態で点滴や投薬による懸命の心機能管理が続けられました。
当時26歳。俳優として最も脂が乗り、数々の主演作や注目プロジェクトを抱えていた彼にとって、身体が一切動かせず、心臓が正常に動くかどうかも分からない極限状態の精神的負担は計り知れないものがありました。自分はこのまま命を落とすのではないかという強烈な恐怖に直面する中、志尊淳は病床でスマートフォンの録画機能を起動し、母親や兄弟へ向けた遺書代わりの動画メッセージを残していました。
その映像に遺されたのは、自身の死を覚悟したからこその家族への深い感謝と、志半ばで旅立つことへの無念の想いでした。志尊淳は母子家庭で育ち、母親に対して人一倍強い敬意と感謝の念を抱き続けてきたことで知られています。女手一つで育ててくれた母を遺して逝くわけにはいかないという強い執念が、絶望的な病床において彼の心臓を動かし続ける最大の防波堤となりました。
幸いにも、早期の高度な医療介入と本人の驚異的な生命力が奏功し、病状は最悪の危機を脱しました。一般病棟への移動を経て、発症から約3週間後となる2021年4月中旬に無事退院。公式SNSを通じてファンに向けて退院の報告と、命を救ってくれた医療従事者への切実な感謝の言葉が綴られ、日本中に安堵の輪が広がりました。