ネット上の音楽談義や論評において頻繁に見受けられるのが、「なぜタイトルにブルースと付いているのに正統派の黒人音楽(Blues)ではないのか」「単なる演歌の変種ではないのか」という論点です。しかし、この解釈は日本の大衆音楽史の系譜を見誤った誤解と言わざるを得ません。
第一の誤解は、音楽ジャンルとしての「ブルース」の定義です。日本において昭和期から発展した「歌謡ブルース」(『恍惚のブルース』や『港町ブルース』など)は、アメリカ南部の12小節ブルースとは異なり、「夜の街の哀愁ややるせなさを表現するマイナー調のムード音楽」として独自進化を遂げました。本作はその伝統を踏襲しながらも、1970年代の歌謡ロックやグループサウンズのエッセンスを大胆に注入しています。
第二の盲点は、五木ひろし自身の歌唱アプローチにあります。演歌の第一人者でありながら、本作での五木は意図的に「引き算の美学」を貫いています。演歌特有の重厚なビブラートや粘り気のあるコブシを極限まで削ぎ落とし、言葉の子音を前に押し出すロックボーカリストのようなアタック感で発声しています。この歌唱設計があるからこそ、古めかしさを感じさせず、ポップス世代の耳にも爽快に響くのです。