阿修羅像の美しさは、造立を命じた光明皇后(聖武天皇の皇后)の個人的な祈りと、当時の最先端技術であった「脱活乾漆造(だったつかんしつぞう)」の融合によって生まれました。
天平6年(734年)、光明皇后は前年に亡くなった母・橘三千代の追善供養のため、興福寺境内に西金堂(さいこんどう)を建立し、釈迦如来像とともに八部衆立像や十大弟子立像を安置させました。母を失った深い悲嘆と、国家安寧を願う敬虔な祈りが、荒々しい戦闘神であった阿修羅を、清廉で内省的な守護神へと昇華させた決定的な背景です。
また、細身のしなやかな肢体を実現させたのが「脱活乾漆造」という技法です。粘土で原型を作った後、麻布を漆で何層も貼り重ねて外殻を硬化させ、背中などを切り開いて内部の粘土をすべて掻き出し、木枠の骨組みを入れて成形します。木彫や銅鋳造では表現が難しい「極限まで削ぎ落とされた薄い胴体」や「風に揺れるような天衣の柔らかさ」を軽量かつ強固に具現化できたのは、この高度な技法ならではの賜物です。