Q1:長嶋茂雄の引退試合の対戦相手はなぜ中日ドラゴンズだったのですか?
A1:当時の年間スケジュールで中日とのダブルヘッダーが組まれていたためです。前日の10月13日に中日がリーグ優勝を決め、巨人の10連覇(V10)が阻止された直後の試合という劇的な巡り合わせでした。中日側も長嶋茂雄への最大限の敬意を払い、敵地での胴上げを控えるなどの配慮を見せました。
Q2:引退セレモニーの「我が巨人軍は永久に不滅です」というスピーチ原稿は誰が書いたのですか?
A2:球団側が用意した形式的な原稿は存在していましたが、長嶋茂雄本人はそのメモを読まず、自らの頭に浮かんだ感情と言葉でアドリブとして語りました。そのため、あの名言は誰のゴーストライトでもなく、長嶋茂雄本人の魂から絞り出された真実の言葉です。
Q3:引退した1974年の成績は本当にボロボロだったのですか?
A3:決して戦力外となるような数字ではありませんでした。打率.244、15本塁打、55打点を記録しており、リーグ平均から見ても十分にレギュラー級の活躍でした。しかし、本人が掲げる「ミスタープロ野球」としての理想や、三冠王を獲り続ける王貞治との対比において、納得がいかない状態に達したための自主的な幕引きでした。
Q4:背番号「3」はいつ永久欠番になったのですか?
A4:1974年の選手引退直後に永久欠番に指定されました。その後、1993年の監督復帰時に球団からの懇願を受けて再び背番号3を着用しましたが、2001年の監督退任時に改めて永久欠番として永久保存されることが再確認されました。