二人の関係をめぐって最も世間を騒がせたのが、松坂氏が2015年に福岡ソフトバンクホークスと契約して日本球界へ復帰した際に表面化した「単身赴任と長期別居」でした。巨額契約で日本に戻った夫に対し、妻と子供たちは日本へ帰国せずボストンに残る決断を下したことから、女性週刊誌やネット掲示板では「家庭崩壊」「離婚秒読み」といった扇情的な見出しが躍ることになりました。
しかし、取材関係者の証言や当時の家族事情を丹念に追跡すると、別居の真相は感情のもつれなどではなく、きわめて合理的かつ冷徹な「子供の育成計画」に基づいたものであったことが浮かび上がります。
当時、長女をはじめ子供たちはすでにボストンの現地校に通い、英語を第一言語として生活基盤を固めていました。日本のプロ野球界へ復帰するとはいえ、プロアスリートの選手生命は不確実であり、球団の都合による移籍や引退のリスクが常に付きまといます。夫の所属先が変わるたびに子供たちを転校させ、激変する日本の受験競争に巻き込むことは、子供の精神的安定とキャリア形成において得策ではないと柴田さんは判断したとされています。
「子供たちには世界基準の教育環境を与え、英語力と国際性を身につけさせたい」という柴田さんの揺るぎない教育方針に対し、松坂氏も全面的に同意していました。日本で選手生命の危機に瀕した際も、松坂氏が単身赴任を受け入れたのは、家族を経済的に守り抜くという父親としての矜持と、妻への全幅の信頼があったからにほかなりません。外野が騒ぎ立てた「離婚危機」は、日米の文化差や特殊なアスリート家庭の事情を無視した一面的な臆測に過ぎなかったと言えます。