天童よしみがこのCMで放った強烈な存在感は、彼女自身の泥臭い下積みと苦難に満ちたキャリアがあったからこそ成立したものです。
幼少期から「のど自慢荒らし」として天才少女の名を欲しいままにし、1970年代初頭に弱冠15歳でプロデビューを果たしたものの、その後の道のりは決して平坦ではありませんでした。長い低迷期に入り、地方回りの営業や小さなステージで地道に歌い続ける日々が10年以上も続きました。その間、二人三脚で支え続けた両親との絆や、ステージママとして厳しくも温かく導いた実母との二人旅は、彼女の不屈のメンタリティを育む土台となりました。
転機が訪れたのは1985年、シングル『道頓堀人情』のヒットでした。有線放送や地道なプロモーションから火がつき、1993年にはNHK紅白歌合戦に初出場を果たします。そして実力派演歌歌手としての地位を確立しつつあった1990年代末に出会ったのが、この「VC3000のど飴」のCMでした。
演歌の枠に留まらず、全身全霊で「人生なめずにこれなめて!」とシャウトする姿は、若者層やお茶の間のライト層に強烈な親近感を与えました。単なる「演歌歌手」から「国民的キャラクター」へと認知の幅を一気に押し広げる契機となったのです。