名城線が現在のような完全な環状運転を開始したのは、実はそれほど大昔のことではありません。2004年(平成16年)10月6日、名古屋大学〜新瑞橋間が開業したことで、念願の環状線化が達成されました。
もともと名城線は、1965年に栄町(現・栄)〜市役所(現・名古屋城)間が開通したことから始まります。当時は「地下鉄2号線」と呼ばれ、港方面や大曽根方面へと徐々に延伸されていきました。その後、大曽根から東部丘陵地帯をぐるりと回って新瑞橋へと至るルートは「地下鉄4号線」として別々に計画・建設が進められていたのです。
この2号線と4号線を一本に繋ぎ合わせ、環状線化へと舵を切った背景には、名古屋特有の過度な都心集中を是正し、周辺副都心(金山、大曽根、新瑞橋、八事など)の連携を強化するという都市工学的な明確な狙いがありました。環状線が開通したことで、郊外から都心(名古屋駅や栄)に出ることなく、環状線を経由して目的地へバイパス移動できるルートが完成。名古屋圏の都市交通の流動性は劇的に改善されました。
全通から20年以上が経過した現在、名城線は単なる移動インフラにとどまらず、名古屋大学をはじめとする文教地区と、ナゴヤドーム(バンテリンドーム ナゴヤ)などの大規模集客施設をシームレスに結ぶ、都市文化の動脈として確固たる地位を築いています。