サピア・ウォーフの仮説を正しく理解する上で欠かせないのが、「強い仮説(言語決定論)」と「弱い仮説(言語相対性仮説)」の峻別です。議論が混乱する最大の要因は、この2つが混同されて語られる点にあります。
言語決定論(強い仮説)は、「言語が人間の思考や世界認識の限界を完全に決定し、その言語にない概念は人間には思考・知覚すらできない」とする過激な立場です。たとえば「雪を表す単語が1種類しかない文化の人間は、粉雪と濡れ雪の違いを目視で区別することすらできない」というような極論を指します。この立場は、後述する数々の実験によって明確に否定されました。
対して言語相対性(弱い仮説)は、「言語は思考を完全に拘束するわけではないが、日常的な記憶の想起、注意の向けやすさ、知覚の処理スピードに確実なバイアス(偏り)を与える」という現実的な立場です。現代の認知心理学や言語学で支持を集めているのは、この洗練された弱い仮説のアプローチです。