熱海・起雲閣の魅力とは?文豪が愛した建築美と2026年最新見どころ

熱海・起雲閣の魅力とは?文豪が愛した建築美と2026年最新見どころ

熱海・起雲閣の魅力とは?文豪が愛した建築美と2026年最新見どころの真相について、分かりやすい解説を基に徹底解説します。

熱海の温泉街に佇むこの名邸が、なぜこれほどまでに時代を代表する表現者たちを引き寄せて離さなかったのか。その背景には、1919年(大正8年)に海運王・内田信也が実母のために築いた別邸としての出自と、1925年(大正14年)に「鉄道王」と謳われた東武鉄道の創業者・根津嘉一郎の手によって大規模な増築が施されたという特異な出自があります。

1947年(昭和22年)に旅館として再生されると、志賀直哉、谷崎潤一郎、山本有三をはじめとする文壇の重鎮たちが競うように滞在しました。中でもファンの記憶に刻まれているのが、太宰治と三島由紀夫にまつわる濃密な逸話です。

太宰治は1948年(昭和23年)3月、山崎富栄を伴って別館「大島」に逗留し、不朽の名作『人間失格』の「はしがき」や手記の推敲に没頭しました。当時の担当編集者が残した回想録や書簡によれば、太宰は熱海の温泉情緒に浸りつつも、静謐な庭園に面した客室の障子越しに差し込む柔らかな自然光に包まれながら、自らの内面を鋭く削り出す作業を続けたと伝えられています。現存する「大島」の佇まいに身を置くと、当時の張り詰めた創作の気配が今なお肌に伝わってくるかのようです。

一方、三島由紀夫は1958年(昭和33年)、平岡瑤子夫人との新婚旅行の宿泊先に起雲閣を選びました。彼が好んで滞在したとされる離れの客室「孔雀」などは、数寄屋造りの繊細さと落ち着きを兼ね備えた名室です。三島が自著やインタビューで語った「端正な形式美への愛着」と、起雲閣が放つ格調高い様式美は深く共鳴していました。

起雲閣の建築美の秘密を語るうえで外せないのが、和洋折衷という言葉の枠を軽々と超えた無国籍な空間設計です。本館「麒麟」に見られる加賀百万石の伝統を思わせる鮮やかな「群青壁(青漆喰)」は、深海のような沈潜感を演出し、居住者の精神を研ぎ澄まします。また、根津嘉一郎が遺した洋館「玉姫」はヨーロッパのアール・デコ様式と日本の折上格天井が見事に調和し、「玉渓」では英国のチューダー様式をベースにサンスクリット語の装飾や竹の柱が組み合わされるなど、東西の美が衝突することなく融け合っています。

さらに、ステンドグラスから差し込む光が水面に揺らめく「ローマ風浴室」は、テラコッタのタイルと木造枠が調和した異国情緒あふれる空間です。これら外界と隔絶された圧倒的な美意識の迷宮こそが、文豪たちの張り詰めた神経を癒やし、同時に創造力を刺激し続けた最大の要因と考えられます。

渡辺 美咲
著者

渡辺 美咲

心身ともに健康で持続可能なライフスタイルをテーマに、最新のウェルネストレンドを発信中。