シンガポール国旗の意味とは?赤白と三日月・5つの星に秘めた国家戦略

シンガポール国旗の意味とは?赤白と三日月・5つの星に秘めた国家戦略

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シンガポール国旗の由来と制定プロセスを調査すると、教科書的な美談にとどまらない、緊迫した民族間対立の現場が浮かび上がってきます。自治領となった1959年、後の初代首相となるリー・クアンユー率いる人民行動党(PAP)政権は、新国家の結束を固めるため新国旗の制定を急務としていました。

リー・クアンユーは自著『ザ・シンガポール・ストーリー(リー・クアンユー回顧録)』の中で、国旗デザインの真相について次のような生々しい証言を残しています。当時、人口の7割以上を占めていた中華系住民は、祖国中国の国旗(五星紅旗)への強い愛着から「旗に星を取り入れるべきだ」と強硬に主張しました。これに対し、周辺のマレー半島諸国との関係や国内のマレー系住民(イスラム教徒)への配慮から、「イスラムの象徴である三日月がなければ受け入れられない」という要求が真っ向から衝突したのです。

民族暴動の火種を常に抱えていたシンガポールにおいて、一方の要求のみを採用することは国家の分裂を意味していました。そこで副首相を務めていたトー・チンチュイ(杜進才)を中心とする特別委員会は、双方が納得せざるを得ない妥協案を模索。結果として、イスラム文化を象徴する三日月と、中国系が求めた星を融合させるという奇策が採択されました。さらに星の数を「5つ」とし、そこに共産主義のイデオロギーではなく近代西欧的な普遍的価値(民主・平和・進歩・正義・平等)を付与することで、欧米列強や周辺国からの警戒を回避したのです。

こうして1959年12月3日、英国のユニオンジャックに代わって新国旗がシティ・ホール前で初めて掲揚されました。多民族国家の象徴として生まれたこの旗は、妥協の産物でありながら、異なる価値観を統合して奇跡的な経済成長を成し遂げたシンガポールの統治哲学そのものを体現しています。

山本 拓海
著者

山本 拓海

デジタルガジェットとスマート家電の検証記事を多数執筆。失敗しないモノ選びを提案します。