今井町の起源は、戦国時代の一向宗(浄土真宗)の布教拠点に遡ります。町の中心にある称念寺 本堂(国の重要文化財)を中心とした寺内町として形成され、周囲に堀と土塁を巡らせた強固な環濠集落を築き上げました。織田信長による武装解除要求に対しても粘り強く交渉を重ね、結果として「自治特権」を勝ち取った稀有な歴史を持っています。
江戸時代に入ると商業都市として飛躍的な発展を遂げ、「大和の金は今井に七分」と称されるほど莫大な富を蓄積しました。町内だけで通用する独自の紙幣「今井札」が流通した事実は、この町が幕府直轄地でありながら高度な経済的自立を保っていた証拠です。
1993年には、その類まれな景観と歴史性が評価され、町全体が国の重要伝統的建造物群保存地区(重伝建地区)に選定されました。今も約1,000世帯の住民が実際に生活を営みながら、貴重な歴史遺産を次の世代へと守り伝えています。