両国の対立を理解するうえで不可欠なのが、ソ連崩壊以降の国際秩序をめぐる認識の決定的なズレです。ウクライナ侵攻の原因は突発的な軍事衝突ではなく、数十年にわたる安全保障上の不信感と地政学的野心が重なり合って生じました。
ロシア側が最も強く主張してきたのが、北大西洋条約機構(NATO)の東方拡大に対する警戒心です。冷戦終結後、ポーランドやバルト三国など旧東欧諸国が相次いでNATOに加盟し、西側の防衛網がロシア国境へと迫りました。ウクライナが憲法に「NATO加盟の追求」を明記したことに対し、ロシアの指導層は自国の戦略的縦深が奪われる不可逆的な脅威と受け止めた経緯があります。
侵攻直前の演説において、プーチン大統領の発言には「ウクライナは歴史的にロシアの一部であり、独立した国家としての正当性を欠いている」という強い歴史認識が表れていました。ロシアにとってウクライナは単なる隣国ではなく、モスクワ防衛の緩衝地帯であり、自らの勢力圏として維持すべき絶対領域と位置づけられていたのです。
対するウクライナは、度重なるロシアの内政干渉を退け、主権国家として欧州連合(EU)への統合と民主主義体制の確立を国家目標に掲げてきました。主権国家としての自決権を求めるウクライナと、大国としての勢力圏維持に執着するロシアの思想的衝突こそが、軍事衝突へと突き進んだ最大の理由です。