蕎麦屋の暖簾をくぐり、運ばれてきたせいろを見て「これが本当に蕎麦なのか」と息を呑む瞬間があります。更科蕎麦の最大の特徴である雪のような白さと、つるりとした独特の喉ごしは、原材料の選別と特殊な製粉技術から生まれます。
一般的な蕎麦は、蕎麦の実の甘皮(外層)まで一緒に挽き込む「挽きぐるみ」が多いため、殻の色素やルチンが混ざり、黒やグレーに近い色合いになります。一方、更科蕎麦で用いられるのは、玄蕎麦を石臼やロールで挽いた際に最初に砕け出てくる実の中心部分、通称「一番粉(更科粉)」のみです。
この一番粉は、蕎麦の実1粒に対してわずか15%〜20%程度しか採取できない極めて希少な部位です。主成分は純度の高いデンプン質で構成されており、タンパク質や植物色素をほとんど含みません。これが、更科蕎麦が純白に仕上がる科学的な理由です。
さらに、一番粉のみで打つ蕎麦は「御前そば(ごぜんそば)」とも呼ばれます。一番粉は粘り成分であるグルテンを持たないだけでなく、蕎麦自体のタンパク質も極めて少ないため、水だけでは麺としてつなぎ合わせることができません。熱湯を加えてデンプンをα(アルファ)化させながら素早く練り上げる「湯捏ね(ゆごね)」という高度な職人技が要求されます。熟練の打ち手による繊細な加減があってこそ、あの滑らかな絹のような舌触りと、噛むほどに広がる上品なデンプンの甘みが完成するのです。