多くの若手芸人が吉本興業の劇場システムに残り、テレビ出演や賞レースでのステップアップを目指すなか、ヤングはあえて吉本興業を退所する道を選びました。
退所の背景には、巨大組織ならではのピラミッド型オーディションシステムや、決められた枠組みの中での活動に対する葛藤がありました。嶋仲と寺田が目指したのは、売れるためのマーケティングに縛られることではなく、「自分たちが心から面白いと思える笑いを、純度100%のまま舞台にぶつけること」でした。
退所当初はフリーランスの芸人に対する風当たりも強く、出演できる劇場の確保すら困難な時代もありました。しかし、妥協を許さない舞台へのこだわりと、媚びない姿勢に共鳴したコアなファンや同業者たちの応援を受け、彼らは次第に関西インディーズシーンの絶対的看板へと登り詰めていったのです。