岐阜モーニングの代名詞ともいえるのが、洋風のトーストプレートに違和感なく鎮座する「出汁の効いた温かい茶碗蒸し」です。初めて目にする観光客からは驚きの声が上がりますが、地元民にとっては幼少期から親しんできた当たり前の光景にほかなりません。
この特異な文化の起源は、昭和30〜40年代の高度経済成長期に遡ります。当時、岐阜市や一宮市を中心とする一帯は全国屈指の繊維産業の街として空前の活況に沸いていました。いわゆる「ガチャ万(織機がガチャンと鳴れば万単位で儲かる)」時代、工場内は織機の轟音でまともな会話ができなかったため、商談や打ち合わせは近隣の喫茶店で行われるのが日常だったのです。
頻繁に店を使ってくれる機織り職人や仕入れ業者に対して、店主たちが「朝早くから来てくれるお客さんに喜んでもらいたい」と、ゆで卵やバタートーストをサービスで付け始めたのがモーニングの始まりでした。やがて近隣店同士の顧客獲得競争が激化するにつれ、サービス合戦は一気に加速します。
「他店と同じゆで卵では芸がない」「冷たい卵よりも、寒い朝に胃袋から温まる料理を出したい」――そんな店主たちの温かいおもてなし精神から考案されたのが、手作りの茶碗蒸しでした。さらに、昼近くまで商談が長引く客のためにうどんや焼きそば、ラーメンといった麺類を添える店も現れ、現在の「ドリンク代だけで1食分が完結する岐阜スタイル」が完成したのです。