二二六事件の真相と昭和天皇の激怒|青年将校の暴走と結末を徹底解説

二二六事件の真相と昭和天皇の激怒|青年将校の暴走と結末を徹底解説

二二六事件の真相と昭和天皇の激怒|青年将校の暴走と結末を徹底解説の見逃せないポイントを一挙に解説しました。

1936年2月26日午前5時頃、野中四郎大尉、安藤輝三大尉、村中孝次元大尉、磯部浅一元主計らを中心とする将校たちは、部下を率いて降りしきる雪の中を行動開始しました。彼らは首相官邸、内大臣私邸、大蔵大臣私邸などを同時に襲撃し、ターゲットとした重臣たちに凶弾を浴びせました。

襲撃対象(役職・人物)襲撃場所と部隊規模被害・結果歴史的影響・特記事項大蔵大臣 高橋是清赤坂・私邸(約160名)胸・腹に被弾し即死(享年81)軍事予算の抑制に奔走していた名蔵相の横死により、軍部の暴走を止める財政的歯止めが完全に崩壊。内大臣 斎藤実四谷・私邸(約150名)数十発の弾丸を受け絶命(享年77)前首相であり天皇の側近重臣。妻の春子夫人が覆いかぶさり「私を撃ちなさい」と叫ぶ惨状となった。教育総監 渡辺錠太郎杉並・私邸(約30名)機関銃掃射と軍刀により絶命(享年61)陸軍三長官の一人。統制派と見なされて標的に。娘(後の渡辺和子氏)の目の前で殺害された。内閣総理大臣 岡田啓介首相官邸(約300名)生存(身代わりにより難を逃れる)義弟の松尾伝蔵予備役大佐が首相と誤認されて射殺。岡田本人は女中部屋の押し入れに潜伏後、弔問客に紛れて脱出に成功。侍従長 鈴木貫太郎麹町・私邸(約200名)重傷(奇跡的に一命を取り留める)安藤大尉らがとどめを刺そうとするも、妻・たか夫人の「とどめは思いとどまってください」との懇願を受け撤収。後に終戦内閣の首相となる。
橋本 菜々子
著者

橋本 菜々子

グルメと旅を愛するフリーライター。全国各地の隠れた魅力を独自の視点から紹介します。