赤そばの歴史は、ヒマラヤの標高3000メートル級の山岳地帯から始まる。1980年代、信州大学の研究チームが現地から持ち帰った赤い花をつける蕎麦の種子を持ち帰り、日本の気候に合うよう品種改良を重ねたのが「高嶺ルビー」の始まりだ。しかし、収穫量が通常の蕎麦に比べて圧倒的に少なく、栽培の難しさから一時は普及が危ぶまれた歴史を持つ。
その危機を救ったのが、地元の農家と蕎麦職人たちの連携だった。収量が少なくても、その独特の甘みとコシ、そして何よりも美しい見た目は他にはない価値がある。栽培技術の確立と土壌の改良を重ねることで、伊那谷の特産品として見事に結実した。今や秋の風物詩として定着したこの赤そばは、地元の農業活性化の成功モデルとしても国内外から高い評価を受けている。