和食における「装う」姿勢の源流を探ると、茶道や極上の美食を追求した文化人たちの教えに行き着く。千利休が確立した侘び茶の精神において、茶事の最初に供される懐石の飯は、極めて重要な意味を持っていた。利休は、茶碗に軽く一すくいだけ、ふっくらとご飯を装って客に差し出したという。そこには、炊きたての湯気と香りを最上の状態で味わってもらうという一期一会の客組みの心が込められていた。
また、大正から昭和にかけて異彩を放った芸術家であり美食家の北大路魯山人も、ご飯の装い方と器の取り合わせに異常なまでのこだわりを見せた。魯山人は「料理の着物」として器を捉え、白飯のツヤと粒立ちを損なわずに茶碗へよそう手つきこそが、料理人の腕と品格を雄弁に物語ると説いた。ご飯を押し潰さず、空気を含ませるように装うことで、口に運んだ瞬間の解け具合が変わる。歴史上の俊英たちが磨き上げたこの美意識は、今なお日本の食文化の根底に流れている。