那須与一が置かれた状況は、およそ射撃の成功を阻む過酷な要因に満ちていました。距離は約七十余間(約130メートル)。海上には強い北風が吹き荒れ、白波が立ち、標的である扇は小舟の揺れに合わせて激しく上下左右に揺れ動いていました。
この極限状態において、なぜ与一は扇の要際を一撃で射切ることができたのか。その理由は「弓の技量」と「祈りによる無我の境地」の融合にあります。
与一は幼少期より弓馬の道に優れ、飛ぶ鳥を3羽射れば2羽を射落とす腕前と称されていました。しかし、この瞬間において彼を支えたのは技術以上に精神の統制でした。与一は目を閉じ、「南無八幡大菩薩、我が国の神明、日光権現、宇都宮、那須の温泉大明神」と故郷の神仏に一心不乱に祈りを捧げます。「これを射損ずるものならば、弓切り折り自害して、人に再び見えじ」と覚悟を定め、目を開いたとき、荒れ狂っていた風がふっと収まり、扇が見事に静止しました。
迷いを捨て、完全に雑念を断ち切った瞬間、与一の放った鏑矢は見事に扇の要から一寸(約3cm)ほど上を射切り、夕暮れの空へと舞い上がらせたのです。