『夏は来ぬ』が誕生したのは明治29年(1896年)のことです。当時発行された『新編教育唱歌集(第五集)』に掲載されたのが始まりでした。
作詞を手がけたのは、近代日本を代表する歌人であり国文学者でもあった佐佐木信綱(ささき のぶつな)です。万葉集の研究で文化勲章を受章した信綱は、日本の伝統的な和歌の修辞や風物詩を、誰でも口ずさめる七五調の流麗な詩に見事に落とし込みました。
作曲を担当したのは、東京音楽学校(現・東京藝術大学音楽学部)教授を務め、「日本の音楽教育の父」と称される小山作之助(こやま さくのすけ)です。西洋音楽の明快なメロディラインと、日本古来の情緒が見事に融合した楽曲は、当時の学校教育の現場で絶大な支持を集め、のちに文部省唱歌として全国の教科書に採用されました。
その文化的価値の高さから、平成19年(2007年)には文化庁と日本PTA全国協議会が選定する「日本の歌百選」にも堂々選出されています。