この作戦の最高指揮官として艦隊を率いたのが、第一水雷戦隊司令官の木村昌福少将です。木村司令官の指導力において最も後世の評価が高いのは、危険を冒して突入したこと以上に、「引くべき時に勇気を持って退いた」点にあります。
7月7日に幌筵を出撃した第1次突入作戦において、艦隊は濃霧を頼りに進撃したものの、突入直前になって霧が晴れ始めました。敵巡洋艦隊やレーダー警戒網に捕捉される危険性が極めて高くなった局面で、木村司令官は周囲の「突入すべし」という主戦論を退け、「帰投する」と即座に反転命令を下しました。
当時の軍令部や北方軍司令部からは「なぜ突入しなかったのか」「臆病風に吹かれたのか」と激しい批難が浴びせられました。しかし木村司令官は一切の弁明をせず、現場将兵の命と作戦目標である「守備隊全員の無事帰還」を最優先に据え、天候の再好転を待ち続けました。この冷徹なまでの現場主義と批判を恐れない胆力こそが、結果として守備隊全員の命を救う最大の勝因となったのです。