猗窩座の行動原理である「強さへの異常な執着」と「弱者への激しい嫌悪」の根本には、江戸時代に生きた人間・狛治(はくじ)としての悲痛な挫折が存在します。病気の父に薬を買い与えるため、幼くしてスリや盗みを重ねては奉行所で百叩きの刑を受け、全身に罪人の証である刺青を刻まれる過酷な日々を送っていました。しかし、息子の犯罪を知った父は「真っ当に生きろ」と遺書を残して自縊(じいつ)します。
自暴自棄となり荒れ狂っていた狛治を拾い、真っ向から受け止めたのが素流(そりゅう)の達人である師匠・慶蔵(けいぞう)でした。狛治は慶蔵の道場で素流武術を学びながら、生まれつき病弱だった慶蔵の娘・恋雪(こゆき)の看病を任されます。献身的な介護により恋雪は快方に向かい、やがて狛治は慶蔵から道場を継ぐことと恋雪との祝言を託され、守るべき「家族」と「生きる目的」を初めて手に入れたのです。
しかし、慶蔵の道場に嫉妬していた隣接の剣術道場関係者が、祝言の直前に井戸へ毒を混入。留守を預かっていた慶蔵と恋雪は毒殺され、狛治の幸福は一瞬にして崩壊しました。怒りと絶望に狂った狛治は、素流の徒手空拳のみで剣術道場の門弟ら67名を素手で惨殺。その常軌を逸した修羅場の噂を聞きつけて現れた鬼舞辻無惨によって頭部を貫かれ、すべての記憶を奪われたまま鬼の「猗窩座」へと造り変えられました。大切な者を守れなかった自責の念が、「弱さへの憎悪」という歪んだ衝動として鬼の身体に焼き付けられた瞬間でした。