岡崎友紀の私生活において、昭和の芸能史・経済界に最も大きな衝撃を与えたのが、1978年に報じられた盛田英夫氏との結婚でした。盛田英夫氏は、世界的エレクトロニクス企業「ソニー」の共同創業者である盛田昭夫氏の長男であり、当時のメディアは「現代のシンデレラストーリー」「世紀の玉の輿婚」と大々的に書き立てました。
しかし、華やかな祝祭ムードとは裏腹に、結婚生活はわずか3年足らずでピリオドを打つことになります。1981年、二人は正式に協議離婚を発表しました。二人の間に子供はいません。
当時、関係者の証言や本人の手記などで明かされた離婚の真相には、名門・盛田家の「長男の妻」として求められる伝統的な役割と、岡崎友紀自身が抱いていた「舞台人・表現者として生涯生きていきたい」という強いアイデンティティとの深刻な乖離がありました。
当時の日本の名家において、トップアイドルの妻が芸能活動を継続することへの世間の風当たりは想像以上に強く、過熱する報道陣によるプライバシーの侵害も夫婦関係に影を落としました。岡崎友紀は後年のインタビューで、名声や富にとらわれることなく、自分自身の足で立って生きる決断を下した当時の心境について、「自分の心に嘘をつかない選択だった」と振り返っています。