1985年9月27日午前、芸能界に激震が走りました。東京都港区南青山のマンション屋上から大友柳太朗が転落し、帰らぬ人となったのです。享年73歳。警察の現場検証および関係者の証言により、自ら命を絶ったことが確認されました。
当時、大友はテレビドラマや舞台の第一線で活躍を続けており、世間からは順風満帆に見えていました。しかし、その内面では壮絶な葛藤が渦巻いていました。真相の核心にあったのは、晩年に直面していた「セリフ覚えの深刻な不調」でした。
舞台の稽古やドラマ収録において、これまで完璧にこなしていた長台詞がどうしても頭に入らなくなる症状に悩まされていたといいます。報道関係者や舞台関係者の証言によると、直前に控えていた舞台の稽古現場でも台詞の遅れを極度に気に病み、「舞台に穴をあけて共演者やスタッフに迷惑をかけるわけにはいかない」と周囲に何度も漏らしていました。認知機能の低下に対する不安と、誰よりも高かったプロとしてのプライドが、彼を極限まで追い詰めてしまったのです。