世間では「時代の変化に合わせた大改革」と報じられた新比率への移行だが、社史と製菓史を紐解くと、極めて興味深い歴史のパラドックスが浮かび上がる。実は、亀田製菓が1966年に初めてピーナッツ入りの柿の種を製品化した際の比率は、元々「7対3」だったのだ。 もともと大正時代に新潟で誕生した柿の種は、米菓単体で売られるのが通例だった。そこにピーナッツを混入させたアイデアの発祥には諸説あるが(帝国ホテルのバー発祥説や銀座の老舗ナッツ店発祥説など)、亀田製菓がこれに着目し、爆発的ヒット商品へと昇華させたのが1966年である。 当時の配合は柿の種7、ピーナッツ3。しかし、高度経済成長期の進行とともに日本の酒類消費量が跳ね上がり、ビールの普及率が急上昇する。塩味の利いたバタピー(バタフライピーナッツ)の濃厚なコクを求める呑兵衛たちのリクエストに応える形で、1970年代から徐々にピーナッツの割合が引き上げられ、やがて「6対4」が公式の黄金比として半世紀近く固定化されるに至った。 2020年の改変は、軽薄なトレンド追従ではなく、54年の歳月を経た「初代レシピへの原点回帰」だった。米菓本来の旨さを最前面に押し出すというメーカーのアイデンティティが、消費者の意識変容と完璧に合致した瞬間だったと言える。
柿ピー比率の真相|6対4から7対3へ変わった理由と黄金比の全貌
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