ふたりの出会いと馴れ初めの経緯は、1996年に遡ります。当時の一茂氏は、読売ジャイアンツでの現役引退を迎え、野球選手としてのアイデンティティを喪失すると同時に、突如として重度のパニック障害と過換気症候群に襲われていました。
一茂氏が自著やドキュメンタリー番組の告白で赤裸々に明かしている通り、当時の病状は「息が吸えなくなる恐怖から、24時間遺書を持ち歩いていた」「自宅のベランダから飛び降りそうになるほどの精神的パニックに怯えていた」という極限状態でした。偉大な父・長嶋茂雄氏の影に苦しみ、生きる気力すら失いかけていた一茂氏の前に現れたのが、知人の紹介で巡り合った仁子さんでした。
彼女の対応は見事というほかありませんでした。パニックに陥り「俺はもう死ぬかもしれない」とうろたえる一茂氏に対し、仁子さんは狼狽することなく、冷静かつ力強い言葉を浴びせました。
「大丈夫、人間は簡単には死なないから」
「死ぬときはみんな死ぬの。今はただ呼吸に集中しなさい」
過剰な同情を寄せず、病気そのものを必要以上に特別視しない彼女の毅然とした態度は、一茂氏にとって最大の精神的防波堤となりました。仁子さんは一茂氏の食生活から生活習慣、メンタルのコントロールに至るまで献身的に寄り添い、約3年間の交際を経て1999年にゴールイン。一茂氏自身が「妻がいなければ、今の自分の命はなかった」と公言して憚らない理由は、この壮絶な闘病期を共に乗り越えた歴史があるからです。