ときどを語るうえで外せないのが、日本最難関の学歴とプロゲーマーという肩書きのギャップです。私立の超名門・麻布中学校・高等学校を経て、現役で東京大学理科一類に合格。その後、工学部マテリアル工学科へと進学しました。
大学卒業後は一度は東京大学大学院へ進学したものの、研究者としての将来と幼少期から情熱を注ぎ込んできた格闘ゲームへの思いの間で激しく葛藤。最終的に「ゲームで世界一を目指す」決断を下し、大学院を中退してプロゲーマーへの道を歩み始めました。
当時は今ほどeスポーツが社会的に認知されておらず、周囲からの強い反対や偏見に直面したこともありました。しかし、彼は持ち前の論理的思考力とPDCAサイクルをゲームプレイに導入。単なる感覚論に頼らず、フレーム単位の計算と対戦相手の心理分析を徹底することで、世界屈指の勝率を叩き出すプレイスタイルを確立していきました。