なぜユゴーは、これほどまでに売れ行きを気にしていたのでしょうか。その背景には、当時のパリで巻き起こっていた異常なまでの熱気がありました。
1862年4月3日の早朝、『レ・ミゼラブル』第1部「ファンティーヌ」の発売日、パリの書店前には夜明け前から長蛇の列ができました。知識人階級だけでなく、普段は本を読まない工場労働者や馬車の御者までもが金を出し合って本を購入し、輪読したと記録されています。第1版は数時間で完売し、街路路地に至るまでジャン・ヴァルジャンの物語で持ちきりとなりました。
ユゴー自身、この作品に政治的・人道的なメッセージをすべて注ぎ込んでおり、社会を動かす力があるかを誰よりも注視していました。孤島で吉報を待つ文豪の焦りと自負が、あの極限まで削ぎ落とされた「?」という1文字を生み出す原動力となったのです。