伊丹映画の真骨頂は、タブーを恐れない「徹底取材」にありました。1992年に公開された『ミンボーの女』では、ホテルを舞台に巧妙化する民事介入暴力(ヤクザの不当要求)に対し、弁護士とホテルマンが法律と知恵を武器に立ち向かう姿をコミカルかつ明快に描きました。
ヤクザの脅しの手口を白日の下に晒したこの映画は、暴力団関係者に強い衝撃を与えました。公開からわずか6日後の1992年5月22日夜、自宅近くで刃物を持った5人組の暴漢に突如襲撃され、顔や首などを切られて全治3ヶ月の重傷を負うという凶行に見舞われます。
しかし、病室から退院した伊丹氏は記者会見の場で毅然とこう言い放ちました。
「私は屈しない。映画で痛烈にヤクザを描き続ける」
この言葉通り、後に証人保護プログラムを題材にした『マルタイの女』(1997年)を制作するなど、表現の自由と市民社会の尊厳のために暴力へ立ち向かう姿勢を貫き通しました。襲撃事件の首謀者であった指定暴力団系組員らは後に逮捕・実刑判決を受けています。