「暗殺の天使」シャルロット・コルデーの真実|マラー暗殺と悲劇の最期

「暗殺の天使」シャルロット・コルデーの真実|マラー暗殺と悲劇の最期

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暗殺直後に現場で拘束されたシャルロット・コルデーは、驚くほど冷静でした。7月17日に開かれた革命裁判所でも一切の弁明を拒絶し、共犯者の存在を疑う裁判官に対して「共犯者などいない。すべて私ひとりの計画です」と言い放ちました。

獄中で実父に宛てて認めた最後の手紙には、先祖コルネイユの戯曲から引用した一節が刻まれています。「恥ずべきは罪であって、処刑台ではありません(Le crime fait la honte, et non pas l'échafaud)」。死の恐怖を乗り越えた気高い筆致でした。

処刑当日、パリは激しい雷雨に見舞われました。国家反逆者および尊属殺害者の印である「赤色の上着」を着せられたシャルロットは、護送車に乗せられて革命広場(現コンコルド広場)へと向かいます。雨が上がり、夕暮れの陽光が彼女を照らし出した瞬間、群衆はその美しさに息を呑みました。濡れた衣服が均整の取れた身体に張り付き、死を前にしても一切の怯えを見せないシャルロット・コルデーの類まれな美貌は、罵声を浴びせようと集まったパリの庶民を圧倒したと記録されています。

死刑執行人シャルル=アンリ・サンソンが回想録で「彼女の態度は真の勇気そのものであり、私の心を深く打った」と記した通り、シャルロットは自らギロチン台の踏み板へと歩を進めました。刃が落ちた直後、死刑執行人の助手であった大工のフランソワ・ル・グロが、籠の中に落ちた彼女の首を掴み上げ、その頬を平手打ちするという蛮行に及びました。その瞬間、切り離された首の青白い頬が屈辱に染まるかのように真っ赤に紅潮したという目撃談が、パリ中に戦慄を伴って駆け巡ることになります。この狼藉を働いた男は、死者への尊厳を傷つけた罪で即座に投獄されました。

中川 明日香
著者

中川 明日香

エンタメ・カルチャー業界の深掘り取材を得意とし、現場のリアルな声をお伝えします。