テレビ局が視聴率の魔力に屈し、細木氏を無批判に礼賛していた2006年夏、沈黙を破ったのが講談社ノンフィクション賞作家・溝口敦氏による『週刊文春』での長期告発連載「細木数子『魔女の履歴書』」でした。
溝口氏は、山口組をはじめとする暴力団研究の第一人者としての調査力を遺憾なく発揮。町井久之氏との愛人関係の決定的な物的証拠、島倉千代子氏の興行権強奪の裏帳簿、さらには信者を脅迫して売りつけた高額墓石の販売ルートなどを、関係者の実名証言とともに白日の下に晒しました。
激怒した細木氏は、溝口氏と発行元の文藝春秋を相手取り、前代未聞となる総額6億円の損害賠償請求訴訟を東京地裁に起こしました。法廷での全面戦争を選択した細木側でしたが、この裁判こそが彼女の命取りとなります。溝口氏側は法廷に次々と動かぬ証拠・証言を提出。裏社会との具体的な交友関係や金銭の流れに関する「真実性」および「相当性」が法的に次々と裏付けられていったのです。
自らの暗部が法廷で公文書化される危険を悟った細木側は、最終的に訴訟を取り下げ、あるいは実質的な敗訴和解を受け入れざるを得なくなりました。この法廷闘争の帰結こそが、「細木数子の噂の真相」が単なるゴシップではなく、紛れもない事実であると社会的に証明された歴史的瞬間でした。