岡田さんが飛び降りた四谷のサンミュージック本社前は、国道20号(新宿通り)に面した人通りの多いオフィス街でした。直前に第一報(青山のマンションでの騒動)を聞きつけた報道陣やファン、野次馬が集まり始めていた中での出来事だったため、現場は瞬く間に未曾有のパニック状態に陥りました。
とりわけ社会に強烈な衝撃を与えたのが、当時全盛期を誇っていた写真週刊誌(『FOCUS』や『Emma』『FRIDAY』など)による遺体報道でした。現場に居合わせたカメラマンたちによって、道路上に横たわる遺体の生々しい姿が至近距離から撮影され、一部の週刊誌では遺体の状況がほぼ無修正の状態で誌面に掲載される事態となったのです。
このあまりにも過激な報道写真は、読者や遺族のみならず世論から凄まじい批判を浴びることとなりました。「知る権利の逸脱」「人間の尊厳の侵害」という激しい非難を受け、この事件を契機に日本のテレビ各局や紙媒体は、凄惨な現場写真や遺体の直接的描写に対する厳格な自主規制ガイドラインを制定していくことになります。現在、事故や事件現場で遺体を直接写さないという報道の常識は、まさにこの時の過熱報道に対する深い反省から生まれたものです。