ネット上の言説やファンの間でしばしば議論となるのが、「なぜポールは聖母マリアと誤認されることを否定し切らなかったのか」という点です。母メアリーの私的なエピソードが周知される一方で、この曲がキリスト教の賛美歌のように親しまれている現状には、ポールの類稀なソングライティング哲学が関係しています。
ポール自身、2020年代以降の回顧録や特番インタビューにおいて次のように語っています。「僕にとっては実母のメアリーだった。けれど、人々がそれを聖母マリアとして受け取り、苦難の中で祈りを見出すのなら、それは全く素晴らしいことだ。解釈を狭める必要はない」。カトリックの洗礼を受けて育ったポールは、私的な痛みを普遍的な救済のメタファーへと昇華させる二重構造を意図的に許容したのです。
また、歴史的な事実誤認として散見されるのが「『Let It Be』はビートルズが最後にレコーディングしたラストソングである」という言説です。実際のレコーディング順序を見ると、ゲットバックセッションの音源がお蔵入りした後に、4人は最高傑作と称される『Abbey Road』をスタジオに集まって制作・完成させています。アルバム『Let It Be』が最後にリリースされたため「最後の曲」と混同されがちですが、時系列の上ではグループが一度瓦解しかけた中途の記録でした。