近年、ネット検索などで見られる興味深い誤解の一つに、歴史的な石造物である「常夜燈」と、家庭の寝室や廊下に設置される「常夜灯(ナツメ球・フットライト)」の混同があります。言葉は同じ「常に夜を照らす灯火」ですが、その経済的価値と維持の労力は天と地ほどの開きがあります。
現代の家庭用常夜灯の電気代と仕組みを見てみましょう。家庭用シーリングライトに付属するオレンジ色のナツメ球(白熱電球タイプ)の消費電力はおおむね5ワット(W)です。これを1日8時間点灯させた場合、2026年現在の電気料金単価(1kWhあたり31円で試算)で計算すると、1か月あたりの電気代は約37円に過ぎません。さらに近年主流のLEDナツメ球(消費電力約0.5W)であれば、1か月わずか3.7円程度であり、家計への負担はほぼゼロに近い水準です。
しかし、江戸時代の常夜燈における「維持コスト」は桁違いの負担でした。当時の燃料は主に菜種油(なたねゆ)や綿実油、あるいは安価だが煙と臭いの強い魚油(鰯油)でした。屋外の大きな火袋で風に消えないよう強い芯を立てて夜通し灯火を維持するには、1晩あたり少なく見積もっても油1合(約180ml)近くを消費します。江戸後期の菜種油1合の価格は、現在の貨幣価値に換算するとおよそ600円〜1,000円相当に達しました。
つまり、街道の常夜燈を毎晩1基灯し続けるだけで、月額2万円〜3万円以上、年間で30万円を超える燃料費が吹き飛んでいたことになります。この莫大な油代を誰が負担していたのでしょうか。
調査を進めると、多くの宿場や港町では「燈明田(とうみょうでん)」と呼ばれる田畑を地元の篤志家が寄進し、その小作料(収穫米)を油代に充てるシステムを構築していました。あるいは、地域の各家が当番制で毎晩「油1勺(約18ml)」を持ち寄る、あるいは回船が入港するたびに「碇泊料」の一部から油代を徴収するなど、極めて精緻な共同体の課金・維持システムが稼働していたのです。現代のようにスイッチ一つ、月数十円で灯る明かりとは異なり、昔の常夜燈の光は「地域住民の血税と祈りの結晶」でした。