ヒール転向後もトップ戦線で輝きを放ち続けた小倉由美でしたが、1990年、23歳の若さで突如リングに別れを告げました。絶頂期とも言える時期の幕引きに対し、当時のファンは大きな喪失感を抱き、その引退理由を巡って様々な噂が飛び交いました。
結論から言えば、小倉由美の引退理由は「度重なる負傷による肉体の限界」と、当時の全女に存在した「暗黙の25歳定年制」、そしてレスラーとしての「完全燃焼」が重なった結果です。特番インタビューや当時の手記などで本人が漏らしていた通り、全女の巡業は年間を通して休みのない過酷極まるものでした。受身による頸椎や腰へのダメージは蓄積し、満身創痍の状態でリングに上がり続ける日々が続いていたのです。
さらに当時の全日本女子プロレスには、若手の新陳代謝を促すため「25歳を迎える前後に後進へ道を譲る」という独自の不文律が存在しました。ベビーフェイスとしてタッグの頂点を極め、ヒールとしてもブル中野の参謀として大役を果たした小倉にとって、身体がボロボロになる前に自らの意志で最高の幕引きを選ぶことは、極めて誇り高い決断でした。一切の未練を残さず潔くリングを去った姿勢は、引き際の美学を重んじる昭和レスラーならではの選択だったと言えます。