ザ・ドリフターズは、最初からお笑いグループとして誕生したわけではありません。そのルーツは名門コミックバンドにあります。
音楽バンドから国民的コント集団への脱皮
1956年に結成された「マウンテン・ボーイズ」を前身とし、「サンズ・オブ・ドリフターズ」などを経て、1964年にいかりや長介氏を中心とする新体制(いかりや、加藤、高木、荒井、仲本)が固まりました。
彼らの音楽的素養は極めて高く、1966年にビートルズが来日した際の日本武道館公演では、公式の前座として「ロング・トール・サリー」を演奏したという伝説的な実績を持っています。卓越した演奏技術とリズム感があったからこそ、後のコントにおける完璧な「間(ま)」やテンポが生み出されました。
「6人目のメンバー」すわ親治の貢献と存在意義
ドリフの歴史を語る上で欠かせないのが、すわ親治(旧芸名:すわしんじ)氏の存在です。1970年代初頭にドリフターズの付き人となり、荒井注氏の脱退時には志村氏とともに後継候補の一角に挙げられました。
志村氏の正式加入後も、すわ氏は「見習い」という独自のポジションで番組に出演。『8時だョ!全員集合』では、奇声を上げながら登場するシュールな怪人役や、見事な「馬のいななき」の形態模写で客席を爆笑の渦に巻き込みました。正式な正メンバーにはならなかったものの、実質的な「6人目のドリフ」として黄金期を支え、独立後も演劇界で個性派俳優として第一線で活動を続けています。