日常会話で何気なくカタカナやひらがなで表記されることが多い言葉ですが、正式な日和る漢字表記は「日和る」と書きます。語源を遡ると、古くから日本語に存在する「日和(ひより)」という名詞に行き着きます。
「日和」とは、空模様や天候、あるいは空模様から転じた「物事の成り行きや情勢」を意味する言葉です。江戸時代から近代にかけて、港町には小高い丘の上に「日和山(ひよりやま)」と呼ばれる観測所が設けられていました。船乗りたちはそこから風向きや雲の動きを観察し、出航すべきか待機すべきかを判断したのです。ここから、自分の旗幟(きし)を鮮明にせず、情勢を観察して有利なほうに味方しようとする態度を日和見主義(オポチュニズム)と呼ぶようになりました。
名詞であった「日和見」が動詞化し、「日和る」というスラングへと変化した決定的な契機は、1960年代から1970年代にかけて激しさを極めた学生運動歴史にあります。大学の講堂を占拠し、体制側と衝突していた左派セクトの学生たちの間で、「日和る」は強烈な政治的批判の言葉として使われ始めました。
当時の現場において「日和った」と指弾されるのは、闘争の途中で怖じ気づいて戦列を離脱した者だけでなく、「体制側に妥協して安全な道を選んだ者」「情勢を静観して勝ち馬に乗ろうとした者」でした。すなわち、ひよる語源における初期のニュアンスは、純粋な恐怖心というよりも、「信念を曲げて都合よく立ち回る卑怯さ」に対する糾弾の言葉だったのです。