徳川慶喜の魅力は、外見の美しさに加えて「既成概念にとらわれない柔軟な先進性」にあります。鎖国が解かれて間もない動乱の時代、慶喜は西洋の文化やテクノロジーを恐れることなく、自らの知性と感性で積極的に取り入れました。
その象徴と言えるのが、フランス皇帝ナポレオン3世から贈られたフランス陸軍の正装軍服を着用した姿です。髷(まげ)を結った武士たちが大半を占める中、慶喜はサーベルを携え、スマートな軍服姿でフランス公使ロッシュらと対等に渡り合いました。外交の舞台において「遅れた極東の国」と見下されないための高度な政治的演出でもありましたが、その着こなしの美しさは海外の外交官たちを大いに唸らせたと公式記録に残されています。
さらに慶喜の先進性は、政治の場を退いた後のライフスタイルでも遺憾なく発揮されました。当時、日本に輸入されたばかりの「カメラ(写真機)」に熱中し、自ら現像液を調合して現像・焼き付けまで行うプロ級の腕前を誇ったほか、当時はまだ珍しかった「自転車」を取り寄せ、静岡の街を疾走する姿が目撃されています。新しいモノを偏見なく愛で、自らの探究心を満たしていく姿は、まさに時代の一歩先を行くイノベーターの佇まいそのものです。