クイーンエリザベス2世カップは、日本競馬の国際化の歴史において極めて特別な意味を持ち続けてきました。JRAの公式記録および現地取材資料を紐解くと、クイーンエリザベス2世カップ 日本馬成績は通算で幾度もの歓喜と、それを上回る痛恨の敗北で彩られています。
日本馬による初制覇は2002年と2003年、福永祐一騎手を背に連覇を飾ったエイシンプレストンでした。当時、香港調教馬の短距離・マイル適性の高さは世界的に知られていましたが、中距離戦で日本のマイル実績馬が力強く抜け出した光景は、日本馬の遠征史における金字塔となりました。その後も2012年のルーラーシップ(激しい出遅れを挽回する圧勝劇)、2017年のネオリアリズム(スローペースを打破したモレイラ騎手の奇襲まくり)、2019年のウインブライト(松岡正海騎手との人馬一体でコースレコード樹立)など、記憶に刻まれる勝利が続いています。
そして極めつけは2021年。矢作芳人厩舎のラヴズオンリーユーが優勝し、2着グローリーヴェイズ、3着デアリングタクト、4着キセキと、日本馬による海外G1史上初となる1着〜4着独占という前代未聞の快挙を達成しました。現地スタンドが静まり返るほどの圧倒的な強さは、世界中に衝撃を与えた瞬間でした。
しかし、その華々しい栄光の裏には、分厚い壁に跳ね返された苦い歴史が存在します。当時の陣営の手記やレース後インタビューで繰り返し語られたのは、「洋芝に見えて路盤が硬いシャティンの馬場適性」と「香港特有の厳しいペース配分」です。逃げ馬がプレッシャーに晒され直線半ばで力尽きるケースや、極端なスローからの瞬発力勝負で地元馬の切れ味に屈する場面が幾度となく繰り返されました。日本国内で圧倒的人気を背負った名馬が、ゲートの出遅れやタイトなコーナーワークで後方に追いやられ、本来の力を発揮できずに敗れ去った現実こそ、このレースの過酷さを物語っています。