高校卒業後、北海道日本ハムファイターズに入団したダルビッシュは、プロ野球の常識を次々と破壊していくことになる。ファンの間で「若い頃はどれほど凄かったのか」と語り草になる所以は、残した数字の異常さにある。
入団3年目の2007年からメジャー移籍直前の2011年まで、5年連続で防御率1点台を記録。2011年に至っては、28試合に登板して18勝6敗、防御率1.44、奪三振276という異次元の成績を叩き出した。完投数は10を数え、シーズン232イニングを投げ抜く無尽蔵のスタミナを発揮した。
打者がストレートを狙えば150キロ超のクロスファイアでねじ伏せ、変化球を待てば手元で鋭く曲がり落ちるスライダーで空を切らせる。対戦した強打者たちが「どの球種も一級品で、狙い球を絞ることすら不可能だった」と口を揃えた。当時のパ・リーグにおいて、彼の登板日は相手チームにとって事実上の「敗戦処理」に近い絶望感を与えていた。