漫画家・佐藤秀峰氏が手掛け、小森陽一氏が原案・取材を担当して1999年から2001年にかけて連載された漫画『海猿』。映画版で描かれた熱血救助劇というイメージだけで原作を読むと、その冷徹なまでのリアリズムとダークな筆致に強い衝撃を受ける読者が少なくありません。
伊藤英明氏が演じた実写版の主人公・仙崎大輔は、仲間との絆やヒロイン・伊沢環菜との愛を力に変え、どんな極限状態でも奇跡的な生還を果たす「不屈のヒーロー」として造形されていました。一方、原作の仙崎大輔は、救助現場で直面する理不尽な死や海上保安庁という官僚組織の権力闘争、自身の無力感に激しく苦悩し、精神的な脆さを抱えた一人の若者として描かれています。
特に顕著な相違点は「死」と「組織」に対する視座です。実写映画はカタルシスを重視したスペクタクル巨編として設計されましたが、原作漫画は海上保安庁潜水士が背負うPTSD(心的外傷後ストレス障害)、遭難者の遺族との生々しい軋轢、領海警備における国際政治の壁など、救助の美談では覆い隠せない過酷な現実を徹底的にえぐり出しています。