山田雅人を語る上で避けて通れないのが、松竹芸能の後輩であり盟友の森脇健児との関係性です。1980年代末、読売テレビの夕方枠で放送された『ざまぁKAN-KAN!』で2人が見せた息もつかせぬ掛け合いは、当時の関西中高生を虜にし、関西ローカル番組の枠を超えた社会現象となりました。
勢いそのままに東京へ進出し、『夢がMORI MORI』をはじめとする全国ネットのレギュラー番組を席巻した2人ですが、1990年代半ばから徐々に共演機会が減少。「2人の間に激しい不仲がある」「東京進出の重圧ですれ違い、絶縁したのではないか」という噂がメディアやネット上で長年囁かれ続けました。
しかし、関係者の証言や後年の対談記録を検証すると、確執の実態は「個々の生き残り戦略の違い」に過ぎなかったことが分かります。森脇健児が走る男として身体を張ったアスリート系タレントの道を突き進んだのに対し、山田雅人は俳優業と話芸の深化へと舵を切りました。2010年代以降、特番やラジオ、イベント等で度々顔を合わせた際、2人は当時の苦悩や互いへのライバル心を率直に語り合っています。
森脇健児はインタビュー等で「あの頃、雅人さんがいてくれたから東京の荒波を耐えられた」と敬意を表し、山田雅人もまた森脇の再ブレイクを誰よりも喜ぶ姿勢を見せています。若き日の熾烈なライバル関係を乗り越え、現在は互いの独自領域を認め合う「生涯の戦友」という距離感に着地しています。